最高裁判所第三小法廷 昭和34年(オ)636号 判決 1962年12月25日
主文
原判決を破棄する。
本件を高松高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人戸田善一郎、同米沢善左衛門の上告理由第一点、第二点について。
原判決の確定したところによれば、「上告人(被告)高知県米穀卸協同組合は中小企業等協同組合法に基き設立された事業協同組合で、米麦その他雑穀類の仕入販売を業とする法人であり、高知市に主たる事務所(本部という)を置き、須崎市のほか高知県内十数箇所に営業所を設けており、訴外市川楠蔵は、上告組合の使用人として、昭和二六年四月頃から同二八年六月頃まで上告組合須崎営業所の所長をしていたが、右協同組合法四四条にいう参事ではなかつた。同人は、上告組合須崎営業所に所長として在任中、被上告信用金庫(原告、昭和三七年九月一日合併による現商号に変更前の須崎信用金庫、以下同じ。)に対し、原判決理由冒頭判示の経過、事情のもとに、(一)昭和二八年四月一日金額一八五万円(二)同年五月一日金額一〇〇万円(その他の手形記載事項はいずれも原判示のとおり)の約束手形各一通を振出したが、上告組合に代つて手形を振出す権限を与えられていなかつた。市川楠蔵は、須崎営業所長として、部下職員を指揮監督し、主として、上告組合の業務である米の配給とこれに伴う集金事務に当り、本部への送金、必要経費の支弁、職員の給料の支払いなどのため、上告組合の前身である食糧公団の須崎支所当時から取引のあつた被上告信用金庫に普通貯金と当座預金の口座を設け、本件約束手形以外にも、須崎営業所長名義で、昭和二六年中に三回、同二七年中に四回、極めて短期ではあつたが、手形貸付を受けたことがあり、上告組合本部の指示により、須崎営業所名をもつて、管内農業協同組合から玄麦を買い入れ、あるいは、生産者から唐黍類を買い付けていた。被上告信用金庫は、前記手形貸付および本件手形貸付および本件各手形の振出について、市川楠蔵が上告組合を代理する権限を有するものと信じていた。」というのであり、原判決は、右確定事実を前提として、上告組合須崎営業所は上告組合の従たる事務所であり、市川楠蔵は同営業所の表見支配人(表見参事の意義であると解される。)というべきであるから、上告組合は市川楠蔵が須崎営業所長名義で振出した本件手形について責任があると判示する。
ところで、中小企業等協同組合法四四条二項は、同法による参事について商法三八条一項、四二条等を準用しているから、同法に基づいて設立された協同組合の従たる事務所の事業の主任者たることを示すべき名称を附した使用人は、当該協同組合に代り、その事業に関する一切の裁判外の行為をする権限を有するものと解すべきである。そして、前記確定事実によれば、市川楠蔵は、上告組合の参事ではないが、その使用人であり、上告組合の須崎営業所の所長であるというのであるから、同人は右須崎営業所の事業の主任者たることを示すべき名称を附した使用人であるというべきであり、同営業所が上告組合のいわゆる「従たる事務所」に該当するかぎり、上告組合は、市川楠蔵の振出した本件各手形について責任を負うべきものといわねばならない。
しかし、同法にいう「従たる事務所」とは、同法四四条等の法意に照せば、一定の範囲内において主たる事務所から離れて独自に当該協同組合の事業に属する取引を決定、施行しうる組織の実体を有することを要するものと解するのが相当であつて、単に主たる事務所の指揮命令に従い、機械的取引をするに過ぎないものは従たる事務所であるということができない。従つて本件須崎営業所が上告組合の従たる事務所であるとするには、同営業所が、右に述べるように、一定の範囲内において上告組合の本部の指示監督から離れて独自に上告組合の事業に属する取引を決定、施行しうる組織の実体を有するものでなければならない。
原判決において、須崎営業所が上告組合の従たる事務所であると判定すべき事由として挙げる事実は、(一)市川楠蔵は須崎営業所で部下職員を監督していた、(二)同人は上告組合の業務である米の配給と集金事務に当つていた、(三)須崎営業所は被上告信用金庫に普通貯金および当座預金の口座を設けていた、(四)市川楠蔵は須崎営業所長名義で被上告信用金庫から前示の通り昭和二六年中及び同二七年中数回貸付を受けた、(五)同人は須崎営業所名をもつて管内農業協同組合から玄麦を買入れ、あるいは生産者から唐黍類を買付けた、というのである。
しかし、本件各手形が振出された昭和二八年四月および五月当時、米は配給統制を受け、その売渡業務を営む販売業者の主たる事務所は、卸売販売業者用米穀通帳に基づき、都道府県知事割当額の数量の米穀を政府から購入し、一方、各営業所はその受持区域の登録小売業者が市町村長から割当てられた数量を主たる事務所から受領し、これをその割当に応じ小売業者に売渡し、代金を回収して主たる事務所に送付するものであることは公知の事実であるから、当時は、米に関するかぎり、上告組合須崎営業所はその販売業務について主たる事務所から離れて独自に意思決定をする余地のなかつたものといわねばならない。次に、同営業所における玄麦あるいは唐黍類の買入は本部の指示によることならびに同営業所長が上告組合に代わり手形貸付を受ける権限のなかつたことはいずれも原審の判示したところであり、更に、部下職員を指揮監督すること、被上告金庫に貯金等の口座を設けていることだけでは、須崎営業所が上告組合の従たる事務所であると判断する基準となりえないことは明らかである。すなわち、前記の諸事実から直ちに同営業所が上告組合の従たる事務所であると断定することはできない。
してみれば、右の諸事実に基いて、須崎営業所は、中小企業等協同組合法四四条二項により商法四二条を準用するに当つては、上告組合の従たる事務所というべきであるとした原判決は、中小企業等協同組合法四四条二項の解釈を誤り、理由不備、審理不尽の違法あるもので、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
よつて、民訴四〇七条に従い、本件を原裁判所に差し戻すべきものとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 河村又介 裁判官 石坂修一 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊)